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大正池 2001.3.7〜3.9 テント泊単独
坂巻温泉〜釜トンネル〜大正池(テント泊)〜釜トンネル〜坂巻温泉〜信穂高温泉(車中泊)〜白川郷
1日目
坂巻温泉 釜トンネル 大正池
- 7:42 8:10 8:20 10:30 -
2001.3.7
この山行きには結構奇遇な出来事が多かった。
まず釜トンネルから大正池までが、な、なんと2時間10分もかかっているのだ。
これにはやはり平日で先週末から昨日までに新雪が30cmも積もっていたことが大きいだろう。
釜トンネル出口より100m程のところまでは除雪がしてあったものの、そこから先は夏はバスが通る車道はフカフカの雪なのだ。これには参った。あんまり人が入ってないのか車道の端にわずかにトレースがついているだけで、ワカンもそれを踏み外すと股下まで雪に埋もれてしまう状態なのだ。
この足元の悪さに四苦八苦して太兵衛平のバス停付近ではへたり込んでしまった。
運悪くこのあたりから風雪が強くなってきて前が見づらくなってきた。う〜最悪...。
これじゃあ写真も全然ダメだなあと思って歩いていると、PENTAXの中判を構え写真を撮っている人が目に入った。
その人は青色のヤッケを着て30歳半ばの人だった。
「この風雪の中、写真撮ってるなんてすごい人だなあ」と思いながら後ろを通ろうとした時に「こんにちは」と声をかけられこちらも「こんちは」と挨拶をした。
僕はちょっとイタズラ心で「いいの撮れましたか?」と聞くと、「この状況じゃねえ...」と期待通りの返事が返ってきた。
するとその人は「テント張るんですか?すごいですね。」と僕に聞いてこられたので「いやちょっとそこの大正池ホテルのところで。明日晴れればいいんですけどね」と返事をした。実際この時はほんとに晴れて欲しかった。
そのあと会釈をしてこの日はその人と別れた。

大正池ホテルには10:30に到着。
早速テントを張る準備だ。ザックをおろし、ワカンのまま雪を踏み固める。だいたいテントより少し大きめに整地した。
僕の愛用のテントはアライテントのエアライズ2だ。しかも3シーズンの外張り。上高地ならこれで充分と冬用の外張りは使用していない。(ただ単にお金がないだけなのだ。)ちなみにこれは2〜3人用なのだがテントが広々使えてなかなかいい。
テントを張り終え昼食。この日は初日なので下界で買ってきたパンとおにぎりをほおばる。簡単な食事はあっという間に終わった。
今の時間が12:30。本当は河童橋まで行ってみようと思ってたが、依然として風が強いので大正池周辺を散策することに決めた。
夏の大正池には神秘さというのをさほど感じなかったが、この雪の季節の大正池はなぜか神秘的に感じられてしまう
といってもこの日は穂高連峰は厚い雲に覆われ風も強く太陽の光も差し込んでこない、写真には大変に不向きな天候でありすっかり意気消沈してしまった。
それでもワカンをはいて雪の木道歩きを3時間ほど楽しんだ。何気ない写真のモチーフを探して歩いているとちょっと気になる雪の紋様を見つけた。こぶし大ぐらいの石の周りに波紋のような雪の紋様が刻まれている。その写真を撮ろうかとカメラを出した時に大変なことに気が付いた。
ちょうどカメラ本体のファインダー前側にある採光用の白色プラスチックが「もげ」てしまっていたのである。(「もげる」とは岡山弁で「取れる」という意味)
しばらくカメラを見つめ、いつなったのだろうと考えた。確かテントのところでは何ともなかったはずだ。僕のオンボロの思考回路がビデオの巻き戻しのようにこれまでの行動を逆回しで再生して一つの瞬間を思い出した。
そうださっきワカンの紐が緩んで縛りなおした時だ。
普段は肩がこるのであんまりしないのだが風が強くザックにカメラをしまうのが億劫になって、この散策の間CanonF-1を首から下げて歩いていた。その他にも煙草入れ、携帯灰皿、サバイバルナイフをひもで首から下げていた。
ワカンの紐が緩んでいるのに気づきそのまま片膝をつき前かがみになって紐を縛り直した時に腿と体の間でサバイバルナイフとカメラが当たって圧力がかかってしまったのだろうと推測された。
なんてこった。これじゃあここに来た意味がないじゃないか。

天候が悪いだけでなく、カメラも壊れるなんて最悪だとちょっと腐れ気味になりテントに撤収した。
テントの中でさっき壊してしまったカメラの応急処置を考えた。
状況はファインダー前側に5×25mmくらいの「穴」がぽっかりと開き、中の露出計の針が見える。何かでふさがなくっちゃと思いザックの中をあさると赤色のガムテープが見つかった。
とりあえずナイフで「穴」がふさがるくらいの大きさにガムテープを切り「穴」をふさいでファインダーを覗いてみた。そうすると当たり前なのだが露出メーターのところだけ赤く見える。「おっ上出来!」と思い、試しにシャッターを半押しすると露出計の針はちゃんと動いていた。よかった〜これならまだ写真が撮れる〜と内心ほっとして思わずにんまりしてしまった。
カメラも応急とはいえ直ったので晩飯を準備することにした。
今日の晩飯はいつもとかわらずレトルトカレーである。
snow peakのバーナーを取り出しコッヘルにテントの外で取ってきた雪を半分ほど入れ水を少し入れ水作りをした。
この作業はやった人ならお分かりと思うがなかなか水が増えないのである。コッヘルに半分雪を入れてもその半分の量も水は出来ないのだ。この作業は単純ながら結構楽しい。雪が徐々に解けて少しずつ水が増える楽しみに少しの間熱中した。
水作りも出来てさらにバーナーで加熱するとお湯が沸いてきた。そこにレトルトパック「佐藤のご飯」とレトルトのカレーを入れしばらくコトコトやって今日の晩飯の完成だ。
これにいつもと同じビール1缶がおなかの中に収まった。良い気分である。
その後はすることもなく用足しにテントから出た。ここには冬季でもトイレがあるので便利だ。トイレはいつも思うのだが「的外し」の方が多くあんまりきれいとは言えないが仕方がない。トイレから出ると外には誰もいない暗闇があるだけで星も見えなかった。明日の朝もこれじゃだめかなあと思いながらテントに戻りシュラフにくるまった。21:00就寝。
この日は夏用のMEの「マラソン」のインナーと「ライトライン」の2重シュラフにIsukaのゴアシュラフカバーで快適に眠れた。
2日目
起床 撮影 大正池 釜トンネル出口 坂巻温泉 新穂高温泉
始め 終わり
4:30 5:30 8:30 - 10:30 11:55 12:00 12:30 13:00 13:30 -
2001.3.8
朝4:30に起床。朝はもともと弱い方だがこんな時は結構早く目が覚める。アクセアサリーの寒暖計を見ると-7℃を指していた。
朝はいつもコーヒーとパンに決めている。この日も例外なくそれだった。コーヒーで一息入れ外に出る準備をしてテントの外をちらっと覗くと空は重い雲が広がっている。「今日はだめか〜」と思いながらも登山靴を履いて外に出る。
外に出て驚いた。昨日の夕方はなかった青いテントが一つ張ってあるのだ。いつ張ったんだろうと不思議に思ったが山の熟練した人が上から降りてきたのかなとさほど気にせず撮影場所に向かった。
朝の輝きは期待を裏切り全然ダメだった。それでも8:00過ぎまでカメラを構え待っていた。8:00過ぎると諦めがつきテントに戻った。
先ほどの青いテントはまだ張ってあり静かだった。しかし僕がテントの入り口付近で片付けをゴソゴソしているとそこの家主さんは目を覚ましたのかテントから這い出してこられた。どんな熟練者なのかなと興味半分で見ていると出てきた人物はなんと女の子だった。これには面を食らった。僕は狐につままれたのかと思いながら「おはようございます」と挨拶をした。その子も「おはようございます」と返事をしてくれた。「お一人ですか?」と聞くと「一人です」とその子は答えた。いつ来たのか知りたくなり「いつ来られたんですか?」と聞くと「昨日の夜の22:30です。」とその子は笑って答えた。
驚いた。この雪の季節に女の子が一人で夜の釜トンネルからあの雪深い道をテントをかついで歩いてくるなんて。
さらに話を聞いてみるとその子は昨日の晩に夜行バスで釜トンネル入り口まで来てそれから歩いてきたらしい。また五龍遠見尾根のスキー場でアルバイトをしていて、さらに雪の根子岳や栂池などで雪洞を掘り雪遊びをかなりやっているらしいことがわかった。さらにその子は「雪の上高地なんて庭みたいなところですよ。一本道だから迷うことはないし」とさらりと言ってのけた。この一言で僕の常識はガラガラと音を立てて根底から崩れていった。
普通なら電話番号の交換でもと思うところだが面を食らった僕は何にも聞けずにただ彼女の話を聞いてるだけだった。
その子はこれから河童橋まで水を汲みに行くと言って準備をして出掛けて行った。

今の時間は9:30。小腹が減ったのでパンをほおばりお茶を飲んだ。それから僕はテントの撤収に取りかかった。テントを撤収し終えパッキングしなおし出発の準備が整ったのが10:00を少し過ぎていた。
出発の段になって天気が結構回復してきた。明日向かおうとしている西穂独標付近が肉眼で確認できた。しかし山頂付近は依然として厚い雲に覆われ人間が踏み込むのを拒絶していた。それを見て小心者の僕はすっかり怖気づいてしまった。
その時河童橋に向かった女の子が帰ってきた。どうも途中からトレースが消えてしまっていて河童橋は諦めたそうだ。しばらくたわいもない話を少しして大正池を10:30に出発した。

途中すれ違う人たちは何人かいたがみんな一様にいい顔をしていた。やはり自然の中ってのはリラックスできるみたいだなと妙な納得を一人楽しんでいた。しばらく歩を進めちょうど大正池と釜トンネルの中間付近で見たことのある服装の人が目に入った。そう昨日風雪の中PENTAXの中判で写真を撮っていた青色のヤッケの人だ。
お互いに「やあどうも!」と挨拶を交わし昨日のあれからの出来事をしばらく話した。その人は東京からやってきて昨夜は中の湯温泉に泊ったらしい。夕食のボタン鍋が大変気に入ったらしく中の湯の宣伝をしきりにしていた。今日は朝はゆっくりして宿から見える穂高連峰を見てるとまた来たくなってやってきたそうだ。
僕は明日は西穂独標に向かうことを告げ、その人は明日はまたここにいるか高山の町を散策しようかどっちかかなとお互いの行動予定を話し「よい写真が撮れますように」と挨拶をして別れた。これがまた後に出会うことなど知る由もなかった。
釜トンネルまでの雪道は気温がまだ低いこともあり昨日よりは歩きやすかった。単調な歩みを続けると釜トンネル出口に着いた。この時が11:55だった。この時刻はちょうど高山から松本に向かう高速バスが通るのだが下りでもありお金をケチって坂巻温泉に歩いて下っていった。坂巻温泉に着いたのは12:30前だった。車にたどり着きザックをおろすと開放感にしばらく浸ってぼーっとした時間を過ごした。片付けと着替えを時間をかけて終え坂巻温泉を後にしたのが13:00ちょうどであった。

これからは新穂高温泉に向かう予定である。新しくなった安房トンネルを抜け途中のスーパーで食料を買い足し新穂高温泉に到着したのが13:30だった。ここは温泉がたくさん湧いており露天風呂も蒲田川に大きいのがあったが、寒かったのでバスターミナルにある無料の公衆浴場に入った。ここのお湯はむちゃくちゃ熱かった。風呂から出て天気を見ると雪が降っていて風が出てきていた。明日の天気はあんまりよくないだろうなと予測が出来るほど悪いものだった。
この日は車の中でシュラフにくるまり明日の天気の回復を願い夜を過ごした。
3日目
起床 新穂高温泉ロープウェイ 白川郷 高山 松本 群馬
-
6:00 8:00 9:00 14:30 19:00 22:00 22:00 0:30 8:00 13:00 -
2001.3.9
今日は6:00に起床。穂高を見るとどんよりとした雲が山頂付近を覆っている。今日はだめだなあと思いながらロープウェイ乗車駅まで出向く。乗車駅に到着し45LのDeuterのザックにカメラ、三脚、アイゼン、ピッケル、食料をパッキングし発券場に向かう。発券場で職員さんに運転状況を聞くと強風のため始発の運転を見合わせていると返事があった。また職員さんに「こんな日じゃ写真にならないですよ」と助言をしてもらったので「それもそうだ」と納得し独標は諦めた。

さあ、これからどうしようとしばらく車の中で考えた。雪があって天気があんまり良くなくても写真になるところ...そうだ!白川郷の合掌造りはいいかもしれない。目的地がきまると俄然やる気が出てきた。
地図をめくるとここから国道158で高山まで出て国道41を北上し古川町から国道471、360で天生峠を越えれば白川郷に一番近かった。そのほかには高山から国道472で荘川村の御母依湖(みほろこ)を経て国道156を北上し白川郷に至る2ルートがあることがわかった。後者のルートは結構遠回りになるののと、天生峠は冬季閉鎖とあったがひょっとして3月なので開通してるかもと淡い期待を抱き天生峠越えを目指した。古川町までは道路に雪があったが順調に来た。ところがである。国道360に入ってもうすぐ天生峠だと思ったところで除雪が終わっていた。そう、まだ道路は閉鎖中だったのである。やってしまった感があったがそれほど悔しい気分にはならなかった。
それからはUターンし高山市内を目指した。ここからはもくもくと機械のように運転しなければならなかった。国道472を抜け国道156にはいり、御母依湖付近に差し掛かると風雪が強くなり前が見にくくなって来た。おまけに道幅が狭い。慎重な運転を続けやっとの思いで白川郷に着いたのは14:30であった。

白川郷に着くと観光客でごった返していた。それでも高台を探し写真が撮れる場所を見つけた。そこには段々畑が広がっており雪ですべてが覆い尽くされていた。何も刻まれてない雪面を見ると歩いてみたくなるのが人情である。独標の欲求不満もありワカンをつけて雪原歩きを楽しんだ。しばらく楽しんだ後夕景を撮ろうかなと展望台へと移動した。
ちょうどその時また見たことのある顔に出くわしたのである。そう、上高地で会った青のヤッケの東京の人だったのである。「こんなところで何やってるんすか!」とお互いに驚きの表情が隠せない。それもそうである。100km以上はなれた場所にお互いに行動予定も違っていて再会したのである。「天気が良くなくても雪景色が映えるところ」といったらここしかないでしょうとどちらが言ったかまでは覚えてないが納得のいくコメントであった。しかし再会したのが女の子じゃなかったのが少し残念だったのは言うまでもなかった。
それから日も暮れ合掌造りの家々に灯が灯ると情緒的な光景を見ることが出来て満足の行く今回の撮影行きだった。
次の日は昼から仕事だったが仕事にならなかったのは言うまでもない。
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